仏事サロン エターナル

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海洋散骨葬

海洋散骨葬 散骨レポート

2010年春、当社の新入社員達が散骨葬を通じて学んだ命の尊厳。その貴重な体験をつづったレポートをご紹介します。

散骨と命の尊厳について

宮本 唯

先日、マリーナシティから船に乗り、大阪から来られたご遺族様の散骨に立ち合わせていただきました。ご遺族様はどういった表情で来られるか分からないので、私たちも緊張していました。しかし、その緊張もすぐに解き放たれ、ご遺族様の表情は大変落ち着いていて安心しました。
船に乗り込み、三十分ほど船を走らし、いよいよ散骨を始める時がきました。「ただいまから散骨を始めさせていただきます。」と伝えると、ご遺族様の表情は一気に変わりました。緊張した空気が流れ、故人様のお姉様は目に涙を浮かべお骨に語りかけるように話しかけました。最後に「さよなら」と言い、お骨を海に優しく流しました。そして一言、「やっとこの日が終わった。」と言っていました。この言葉で私は今日までご遺族様が持ち続けた深い悲しみが感じられました。その後はまた、表情がゆるみ、張り詰めていた糸が切れたかのようにほっとした顔をしていました。
散骨では、故人様が好きだった音楽を流し、お花やお酒、コーヒーなども故人様の好きなものを流します。そのお花を見ていると、まるで天国へと繋がる道を作るかのように流れていくのが、とても綺麗で印象的でした。そして、私もご遺族様の気持ちに寄り添いたいと思い、表情の変化も見逃さないようにしていました。
帰り際に、故人様のお姉さまが言いました。「狭いお墓に入れるのであれば、こんなに綺麗で、広い海のほうが幸せかもしれませんね。」私はこの言葉で、命の尊さを深く考えさせられました。
現在では、お墓に入るだけでなく、樹木葬も行われるようになっています。人によって、散骨への解釈の仕方は違いますが、私の中では、今回の海洋散骨は、良いイメージを持つきっかけとなりました。散骨に何が良くて、何が悪いなどないと私は思います。一番大切なのは、故人様の気持ちや希望を尊重すること、ご遺族様が気持ちの整理を行える機会となることが大切だと考えています。
海が好きだったとか、この木が好きだったとか、この場所が好きだったとか、そういった故人様の趣味思考を尊重することは、命を尊重することと、深く関係していると思います。
誰もが死んだ後の事は分かりません。しかし、故人様、ご遺族様が一番満足できる形で終わることが1番の幸せではないでしょうか。命にはいつか終わりが訪れます。しかし、私の考えですが、命を繋げることは出来ると思います。粉末となったお骨が、広い海に放たれ、魚が食べたとしても命を繋げることになります。お骨を木の下に埋めても、土の中で栄養となり、木の命となります。自然に返すという意味でもありますが、命を繋げると思うと、安心できる感じがします。このように亡くなってしまった命も、違う形で生き続けていると考えると、儚い命を尊重できるのではないでしょうか。私はこのようなことを、素晴らしい命の循環だと捉えています。
そして散骨の儀式では、家族や親戚様が集まり、故人様を偲びます。その家族が集まる時間、また、故人様の為に費やす時間がまた思い出となり、ご遺族様の中で生きていく時間となるのです。
私は時間とは命だと捉えています。家族や親戚様が故人様と共有する時間こそ、命であり、これからの人生を考える最も大切な時間となるのです。
どのような散骨の形であっても、故人様を偲ぶ良い機会となると思います。その時間の中で、故人様との思い出話をしたり、家族や親戚様が集まり共有しあえる時間こそ、大事にしていただきたいと思います。海洋散骨では、海を見るたび故人様を思い出すと思います。それがまた、ご遺族様の中で生き続ける、故人様の新しい命であると私思うのです。

私は、お客様の最も大切な時間を共有し、これからも記憶に残る1日に関わらせていただいたことに感謝します。

散骨と命の尊厳について

森谷 陽香

初めて散骨に参加させていただいて、何をしたらいいのか分からないまま行ったので正直不安なところも沢山ありました。でも、ご遺族様が到着した時の表情が少し不安そうに見えて、その時に、今一番大変なのはご遺族様なのに私達が不安そうな顔をしていると遺族の方々はもっと不安になると思い、しっかりしようという気持ちになりました。一度きりしかないこの特別な日に、来られた方全員に、「散骨をしてよかった」と思っていただけるように、自分に出来ることは少ないけど、一つ一つ丁寧にやっていこうとおもいました。
散骨が始まってみると、ご遺族様の表情がさらに固くなったような気がしました。不安や緊張を少しでも和らげてあげたいと思う反面、大切な時間の邪魔をしてはいけないという気持ちで、また自分も緊張してしまいました。でも、後ろに立って支えていたり、お花やお茶を渡したりする度に「ありがとう」と言っていただて、その度に凄く嬉しい気持ちになって緊張もなくなりました。お花を流し終えたとき、泣きながらでも「ありがとう」と言っていただいたのを覚えています。
散骨を終えて船から降りてみると、ご遺族様はすっきりとしたような感じで表情も穏やかになったように思いました。散骨をするまでは不安も沢山あったと思うけど、無事に終えることが出来て一安心したんじゃないかなと思います。お見送りの際にご遺族の方と話をしていると、「散骨って思っていたよりも凄くいいもの」だと言ってくださいました。「こうやって海に散骨してもらえる人は幸せだ」ともいってくださいました。こういう言葉を聞けたおかげでご遺族様の気持ちも少しだけど分かることができたし、一日大変だったけどやってよかったなと凄く実感しました。心に寄り添うという事で、形として何かをしてあげるということは出来なくても、散骨を一緒にさせていただいて少しはご遺族様の気持ちに近づくことが出来たのかなと思います。

今回散骨に参加させていただき、ご遺族様の不安そうだった表情が笑顔に変わってのを近くで見ていて、改めて散骨にきてよかったなと思いました。
形として残らないような事でも、大切な思い出として自分たちの心の中に残っていれば故人様にとってもご遺族様にとってもすごく幸せなことなんかじゃないかと感じました。今回経験させていただいたことをこれからいろいろなところで活かしていきたいと思います。

人の心と海洋散骨

中尾 舞

海洋散骨。─自然から生まれて自然に還る─このキャッチフレーズに惹かれ、興味を持ち、ロマンチックだなぁ・・・これが私の第一印象でした。本社に入社するまで、海洋散骨を耳にしたことも無く、言い方を変えれば、この会社に入らなければ知ることもなかたのかもしれません。
先日、東京のご遺族の方々とすさみでの海洋散骨に参加させていただきました。その日は、まるで故人様が喜んでいるかのような快晴で、海は少し波が荒れていましたが、無事、散骨をすることができました。ご遺族の方に聞いたのですが、故人様は、太平洋戦争時代、太平洋で友人を亡くされたそうで、共にこの太平洋の大海原で眠りたい、と生前から話されていたそうです。そして、故人様のお骨と共に、好きだった音楽とお酒、お花、飴を流しておられました。この飴はお酒がすごく好きだった故人様が、体を壊され、お酒を飲むことができなくなって、口がさみしくてよく舐めていた飴だったそうで、生前から望んでいた海に還し、故人様らしいお別れをする事ができたのではないかと思います。ご遺族方々も皆さん笑顔でお別れすることができたようで、「お別れ」というよりも、私には今から故人様が友人に会いに行くので、「いってらっしゃい。気をつけてね。」といって見送っているようなそんな気がしました。私は、そんなご遺族の方々の清々しい笑顔を見て、人の死に対する考え方が少し変わった気がします。亡くなった方を偲ぶことを私は泣くことしか知らず、感謝の気持ちで笑顔で見送るという偲び方もあることに気づきました。きっと、故人様は、ご遺族の方々の笑顔で見送ってもらったことにとても喜んでくださっているのではないかと思います。
今回のような海洋散骨をご希望される方は、海が好きだから、というような考えではなく、先日の故人様のように、友人と共に海で眠りたいというような深い意味があって希望される方もいることを知り、そんな故人様を故人様らしく海に還し、ご遺族の方とお見送りすることが出来て光栄でした。
今回、海洋散骨に参加させていただいてこの体験を通し、始めに持っていた海洋散骨の第一印象より、爽やかな印象に変わり、観る目も変わった気がします。この「爽やか」という感じは、ご遺族様が今までの感謝の気持ちを清々しい笑顔で見送ったシーンが印象的だったからです。そして、大変、貴重な体験となり、ご遺族の方々から私の「死」に対する考え方も変わった気がします。
この度は、私たち、新入社員も海洋散骨に参加させていただき、本当にありがとうございました。今後、この体験を活かし、ご遺族に心寄り添って、故人様をお見送りしていきます。

散骨へのおもい

山本 真里佳

初めて同行させてもらった散骨はすさみにて。道中、これから行われる散骨のことばかり考えていました。お客様の喜んでいる姿を直接見れるという期待と、波の調子や船酔いの心配からの不安が、頭の中でまわっていました。
すさみに着き、お客様到着。私は笑顔でお迎えしていいものなのかと悩んでいましたが、思っていたような堅い雰囲気ではなく、お客様もこれから始まる散骨を待ち望んでいたようで楽しそうにしていました。そして、クルーザーに乗り込み出発。この日は波も高いほうだということで沖に出ると、岸とは打って変わって荒波で、船酔いされたお客様がいたりとまるで戦争のようでした。30分程走り、着いた先はたくさんカモメが飛んでいて、岸から結構離れたところでした。「皆さん、親父のためにすみません。」そう言った故人様の息子様の挨拶から始まった散骨。参加された方たちは、皆さんいい笑顔でした。「好きな酒いっぱい飲めよ。」「ほら、飴やぞ。」などと、海に言葉を投げかけている姿に私は見とれてしまいました。皆様の故人様に対する熱い思いが、ひしひしと伝わってくるようでした。普段からもよく使う「ありがとう」という感謝の言葉も、この日の「ありがとう」は、何か特別なもののように感じました。たった一言ですが、たくさんの想いが詰まっているようで、重く深い「ありがとう」でした。
この日は東京から来られたお客様だそうで、わざわざ遠くから参加される方もいるんだなと思っていたのですが、それほど故人様を思い入れのある海に還してあげたいという想いがあったんだろうと考えると故人様は、すごく幸せだろうと思います。特に息子様の笑顔は今でも忘れられません。一番この日を待ち望んでいたようで、笑顔が絶えることがありませんでした。本当に故人様のことが好きで、そして大切な存在なんだろうと感じました。息子様のおもいが私にも伝わってきたぐらいですから、きっと故人様にも届いていることでしょう。
この日、散骨に参加させてもらい、もし自分が亡くなっても、あたたかく笑顔で包み込んでくれるような家族に出会いたいと思いました。そして、お客様と近くで接することができたのと、一つのの心あたたまるストーリーをみることが出来たこと、大変嬉しく感じ、いい経験をさせてもらいました。故人様へのおもいが、お客様から伝わってくるような感じは初めてでした。個々によってさまざまですが、私も忘れられずにいつまでも心に残れるような存在になれるように努めたいと思います。

散骨の良さ

喜多 哲夫

先日、すさみでの散骨に同行できる機会をいただきました。乗船することになった船のところでご遺族様をお出迎えしました。始めはお別れなので暗いご遺族様を想像していました。しかし、観光客かと間違うほど普通の明るいご遺族様でした。
まず、船の前で集合写真を撮影しました。その後に、説明・乗船をしました。港から三十分ほど船を走らせたところが散骨の場所でした。波が高く立っているだけで精一杯な状態でした。それでも、ご遺族様同士が手を取り合いながらデッキに出ました。故人様の息子様が「父のために集まっていただきありがとうございます。父も喜んでいると思います。」という言葉から散骨は始まりました。ご遺族の皆様は思い思いの言葉とともに散骨をされていました。次に、お酒や水などを海に撒きました。故人様がお酒好きだったのもあり、昔のことを思い出しながら手向けているように見えました。さらに、たくさんの花を献花しました。潮の流れが速かったので海面に落ちた花が少しずつ離れていき、とても綺麗でした。最後に飴を海に手向けました。それで一通り散骨が終わり、散骨をした場所を三周回り最後のお別れをしました。このときに近くにいたご遺族様にお話させていただきました。私が「故人様はどのような方だったのですか。」とたずねました。すると、「お酒が好きでね。身体を悪くした後は口が淋しいから飴を舐めてたんよ。」と流れる花を見ながら話してくださいました。そのときの優しい表情をしていたのがとても印象的でした。しばらく、そのご遺族様と海を見ながら散骨の余韻に浸りながらお話しました。話していくにつれて笑顔も増えてきて、私も一緒に笑顔で話しました。そうして船は無事に港に戻りました。船から降りるときも「ありがとう」と言っていただけ、嬉しかったです。
散骨は故人様とのお別れなのでご遺族様は気持ちを塞ぎこんで何も話してくれないと思っていました。しかし、お声をかけてみるといろいろな思い出話を話してくれたりしました。そこで、話してくれているとスッキリした気持ちになってくれている気がしました。そして、家族がたくさん集まってお別れすることによって、故人様との最後の思い出がまた一つ増えて良いと思いました。こういった参加した人しか分からない良い面も広まればいいと思いました。