株式会社オレンジライフ代表取締役社長兼CEO上野山栄作のエッセー多事想論

2013/9 オレンジ通信 第50号惜別

叔父が亡くなりました。当初は余命5~6年と言われていましたが医学の進歩により11年間の闘病でした。前立腺癌が見つかり手術後は親族も治ったのかと思うほど元気でした。その後も定期的に抗ガン治療が施され4年前まで畑仕事もこなしていました。昨年から入退院を数回繰り返し最期は2週間の入院でした。ガンで死亡される方には大きく分けて2通りだと思います。発見されて3ヶ月程の余命の方、数年闘われ体全体が弱り肺炎等で逝かれる方です。勿論、家族にとっては少しでも長く生活を共にしたいと願うでしょうが、その反面で闘病生活が家族に与える負担も並大抵ではないです。そして必ず家族が思う事は「治療に対するあの時の判断が正解だったのか?」という事だと思います。叔父の場合は発見が遅れた事に対する自責の念、これは仕方ない事ですが取り除けないのです。その後の治療選択に関しては親族皆、納得していますので救いです。

現在の医療で感じた事は、痛みに関するコントロールが出来ていることです。本人にとっても家族にとっても痛みは辛いので、その部分が取れただけでも随分と死後の悲しみ(グリーフ)が違うのだと思います。叔父は一般病棟でしたが、処置を見ていると緩和ケアとの違いもなく、一般病棟でも痛みのケアは施され安心できました。一方で衰弱の度合いも苦しみで表現されるのではなく、酸素量などの数値で判断されます。最期が近づいた段階で「酸素マスクを外して家族との会話や好みの飲料などを飲ませてあげるのか?付けたまま少しでも長らえてもらうのか?」という話が医師からありました。残念ながら選択する余地もなく、翌日危篤となり逝去。
今回の場合は当初の余命宣告の倍も寿命があり、最期も苦しむ事無く逝けたので、終末期医療にも家族の思いにも問題はないと思います。ただ贅沢な要望かもしれませんが、例えば最後の入院当初に医師から「おそらくこのような症状になります。その場合は、酸素マスクを付けます。そうすると話す事が難しくなります。最期にはマスクを取ってお話しをする選択肢もあります。その際は永久的な絆の言葉や感謝の言葉、“生んでくれてありがとう。生まれ変わっても息子でいたい”等の言えなかった本心を言ってあげてください。」というような説明をしてくれていれば家族はもっとわかり易く、悲しくも納得の最期をむかえられたのではないかと思います。
我々葬儀社も同じですが、援助職のご家族への説明責任や選択肢に対する重要性を感じました。そして、残された方々は、故人に対してどれだけの事が出来たのかということがグリーフワーク(悲嘆を乗り越える)に大きく影響するのだと身をもって感じました。

小さい頃からお世話になった叔父の死、本当に悲しい出来事でしたが、叔父の生き方に教えを請い続け、家族を大切に実直な人生を歩みたいと思います。